AIが医療データから画期的な創薬候補を発見!機械学習トップカンファレンスで新技術が採択

はじめに:AIが医療の未来を切り拓く

医療分野でAI(人工知能)の活用が進む中、既存の薬に新たな効能を見つけ出す「創薬リポジショニング」は、時間とコストを大幅に削減できる可能性を秘めた重要な研究領域です。この度、キャンサースキャンのテクノロジー本部に所属する藤岡裕平氏と三澤大太郎氏、そして京都大学大学院医学研究科/広島大学大学院医系科学研究科の福間真悟教授による共著論文「Pretrained Medical Representations for the Practical Screening of Drug Repositioning Candidates」が、機械学習分野のトップカンファレンス「ICML 2026」のワークショップ「AI for Science」に採択されました。この研究は、AIが医療データからこれまで見過ごされてきた薬の新たな可能性を効率的に見つけ出す道を拓くものです。

このワークショップは2026年7月11日(土)に韓国で開催され、研究内容が発表されました。

医療データを活用するAI、しかし課題も

患者の診断や治療、処方薬などが記録された「レセプトデータ」(医療機関が健康保険組合などに医療費を請求するために作成するデータ)や電子カルテには、豊富な臨床情報が含まれています。近年、これらのデータに含まれる「医療コード」(病名や治療法、薬などを識別するために使われる番号や記号)から、機械学習を用いて「医療表現」(医療データに含まれる複雑な情報を、機械学習が理解しやすい数値の形に変換したもの)を学習し、病気の予測などに役立てる研究が進んでいます。

しかし、この技術を「創薬リポジショニング」(すでに承認されている薬や開発途中の薬の中から、元の目的とは異なる新たな病気への効果を見つけ出すこと)のような、科学的な仮説を発見する応用へと広げるには、いくつかの課題がありました。

広く使われているAIモデル「BERT」(バート:Googleが開発した自然言語処理のAIモデルで、文章の文脈を理解するのに優れている)では、以下の3つの限界があったのです。

  1. 階層構造の考慮不足: 医療コードが持つ分類体系(例:ICD-10という世界共通の病名分類コード)のような階層的な構造を十分に捉えきれない。
  2. 学習の非効率性: 細分化された膨大な医療コードを予測する学習が効率的ではない。
  3. 複雑な関係の扱いにくさ: 診断と治療の間の複雑な相互関係をAIが明確に理解しにくい。

新しいAIモデルで医療データの「意味」を深く理解

研究チームはこれらの課題を解決するため、新しい統合的な事前学習の枠組みを提案しました。この枠組みは、以下の3つの技術を組み合わせています。

  • 階層的サブトークン集約(HSA): 医療コードの階層構造をAIが効率的に学習するための手法。

  • 部分マスキング(PM): AIの学習を効率化するために、データの一部を意図的に隠し、それを予測させる手法。

  • クロスリファレンス(CR)機構: 診断と治療のように相互に関連する情報をAIが明確に理解するための仕組み。

モデルアーキテクチャの全体像

さらに、AIが学習した情報を、目的(仮説の生成か優先順位付けかなど)に応じて最適な形で使い分けるための「タスク適応型表現アプローチ(TARA)」も導入されました。

国内の約500万人規模の匿名化されたレセプトデータベースから抽出した数万人規模のデータセットを用いて実験が行われ、以下の3つのタスクでその有効性が実証されました。

  1. 事前学習の有効性
  2. 認知症発症・入院の予測精度
  3. アルツハイマー病(AD)を対象とした創薬リポジショニング

創薬リポジショニングでAIが新たな発見

提案された手法は、事前学習タスクにおいて正解率0.5867を達成し、従来のモデル(BEHRTの0.1840、MED-BERTの0.2553)を大きく上回る結果を示しました。また、認知症発症の予測では、PR-AUC(ピーアール・エーユーシー:予測モデルの性能を評価する指標の一つで、特に発生頻度の低い事象の予測精度を測るのに適している。値が高いほど性能が良い)が10%以上向上しました。

創薬リポジショニングにおいては、論文などの外部知識に頼らずデータのみから、アルツハイマー病に対して保護的な関連が報告されている薬剤(ピタバスタチン、カンデサルタンなど)を再発見することに成功しました。

マッチング後の共変量の絶対標準化平均差

さらに、TARAを適用した優先順位づけにより、多重検定の補正後もカンデサルタン、ビルダグリプチン、ピタバスタチン、ロキソプロフェンの4剤が、アルツハイマー病に対する有力な治療薬候補として抽出されました。

Log2オッズ比のヒストグラム

この研究は、コストのかかる「因果推論」(ある事象が別の事象の原因となっているかどうかを統計的に分析する手法)を行う前に、有望な候補を効率よく絞り込む「実用的なスクリーニングの枠組み」を確立したものです。ただし、本成果は因果効果を示すものではなく、あくまで仮説の生成と優先順位づけを目的とした研究段階であることを付記します。

未来への展望:AIが医療と科学に貢献する可能性

この新しいAI技術は、医療分野に限らず、構造化データ(整理された形式のデータ)から仮説を発見するさまざまな領域へ広く応用できると期待されます。AIが複雑な医療データから新たな知見を引き出し、創薬のプロセスを加速させることで、より効率的で画期的な治療法の開発につながる未来がきっと訪れるでしょう。