半世紀の謎を解明!武蔵野大学 市瀬浩志教授が「大村賞」を受賞
武蔵野大学薬学部薬学科の市瀬浩志教授が、令和8年度日本放線菌学会の「大村賞」を受賞することが決定しました。大村賞は、放線菌(抗生物質などの医薬品の元となる物質を生み出す、いわば「薬の宝庫」である土壌微生物)の研究分野で特に顕著な業績を挙げた研究者に贈られる、同学会で最も権威のある賞です。毎年1名のみが選出されるこの賞は、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士にちなんで名付けられています。
授賞式は2026年9月9日(水)に学習院大学で開催される「第40回日本放線菌学会大会」にて執り行われる予定です。

「ハイブリッド抗生物質」の未解明なメカニズムに迫る
市瀬教授らの研究グループは、長年にわたり医薬品の元となる物質を作り出す放線菌の研究に取り組んできました。特に注目されたのは、1985年にデビッド・ホップウッド教授、ハインツ・フロス教授、そして大村智教授らの共同研究によって生み出された「ハイブリッド抗生物質」(異なる放線菌の長所を組み合わせて生まれた新しい抗生物質)です。
当時、この画期的な抗生物質がどのようにして分子レベルで可能になったのか、個々の遺伝子が具体的にどのような機能を持っているのかは詳しく分かっていませんでした。この「半世紀の謎」とも言える未解明なメカニズムの解明が、市瀬教授らの研究の大きな目標でした。
世界初!アクチノロジン生合成の全工程を試験管内で再現・解明
市瀬教授らは、四半世紀にわたる独自の研究を通じて、放線菌が作り出す青色の抗生物質「アクチノロジン(ACT)」の生合成(放線菌が抗生物質アクチノロジンを作り出す過程)において、原料から最終物質に至るまでのすべての酵素反応と物質生産の制御システムを、世界で初めて試験管内(in vitro 解析:試験管内で行う実験のこと)で再現し、そのメカニズムを解明しました。
この研究「アクチノロジン生合成を鍵とした放線菌二次代謝制御機構に関する先導的研究」は、長年世界の研究指標であったACT研究に新たな知見をもたらし、微生物による有用物質生産の根幹を解き明かしたものとして高く評価され、大村賞の受賞につながりました。
解明された4つのステップ
ACT生合成の仕組みは、以下の4つのステップを経て解明されました。
-
酵素の「ハサミ」の役割を解明
物質の骨格が作られる際、骨格組み立てを担当する酵素(ActIV)自身が、製造ラインから切り離す「ハサミ」の役割も兼ね備えた二機能性酵素(一つの酵素が二つの異なる働きをすること)であることを証明しました。

-
「職人酵素」の巧妙な働きを特定
骨格形成後に連続して酸素を付加し、物質の機能を変化させる特殊な「職人酵素(FMO:特定の物質に酸素を付加してその機能を変化させる特殊な酵素)」の詳細なメカニズム(連続水酸化)を突き止めました。 -
最終結合の「2つの酵素のコンビ」を発見
ACTは2つのパーツが結合して完成しますが、この最終結合(バイアリル結合:二つの芳香環が直接結合する化学結合)が、他の生物とは全く異なる放線菌独自の「2つの酵素のコンビ」によって担われていることを突き止め、全工程の完全再現に成功しました。 -
物質排出のメカニズムを解明
完成した物質が細胞内に溜まって自身を傷つけないよう、細胞壁の中で外に溶け出しやすい形に変えるラクトン化酵素(分子内にラクトン環(環状エステル)を形成する反応を触媒する酵素)を発見しました。この排出メカニズムが、有用物質の生産効率を高める上で極めて重要であることが証明されました。

ゲノムデータから「狙い通りの新薬」を創る未来へ
現在、微生物のゲノム解析(遺伝情報全体を調べること)から生合成遺伝子を特定することは容易になりました。しかし、遺伝子個々の「予測外の機能」や、物質生産を司る「制御システム」の解明は依然として困難であり、創薬の大きな壁となっています。
今回の研究で、世界のモデル株であるACTにおいて全生合成ステップが完全に証明されたことは、今後のゲノム創薬(生物のゲノム情報をもとに、効率的に新しい薬を開発する手法)に極めて重要な知見を与えるものです。この「デザインルール」を応用すれば、ゲノムデータから遺伝子の真の機能を予測し、狙い通りの新薬を効率的に開発できる可能性が大きく広がります。これはまだ研究段階の成果ですが、その先に待つ未来は非常に期待されます。
さらに、この微生物の酵素パワーは、環境負荷が極めて低い持続可能な「グリーンバイオ産業」(生物の持つ力を利用して、環境負荷の低いものづくりやエネルギー生産などを行う産業)の実現や、食品分野への応用など、幅広い貢献が期待されています。
市瀬浩志教授からのコメント
市瀬浩志教授は、「1991年から放線菌研究に携わり、いつの間にか35年が経ちました。英国留学時代に世界のトップランナーである先生方と出逢い、多くのご助言とサポートを賜った縁が研究の原点です。それだけに、このたび日本放線菌学会賞(大村賞)を頂けることはこの上なく光栄です。」と述べています。
また、「今回の成果は、1976年にACT生合成遺伝子が生産菌の染色体上にあると示されて以来、半世紀近く未解明であったメカニズムを武蔵野大学での20年余りの研究で紐解いたものです。10年近く試行錯誤を重ねた実験もありました。粘り強く歩みを共にしてくれた研究室のメンバーや共同研究者の皆様、そして研究を支え続けてくれた本学関係者に心より厚く御礼申し上げます。」と感謝の意を表しました。

関連情報
背景・成果に係わる主要文献
-
Hopwood, D. A. et al. (1985) Nature, 314, 642-644. https://doi.org/10.1038/314642a0
-
Hopwood, D.A. Highlights of Streptomyces genetics. Heredity 123, 23–32(2019). https://doi.org/10.1038/s41437-019-0196-0
-
Taguchi, T., Awakawa, T., et al. (2017) ChemBioChem, 18, 316-323. https://doi.org/10.1002/cbic.201600589
-
Hashimoto, M., Taguchi, T., et al. (2020) ChemBioChem., 21, 623-627. https://doi.org/10.1002/cbic.201900490
-
Hashimoto, M. , Watari, S., Taguchi, T., et al. (2023) Angew. Chem. Int. Ed.,62, e202214400. https://doi.org/10.1002/anie.202214400
-
Hashimoto, M. et al. (2025) ChemBioChem, 26, e202500049. https://doi.org/10.1002/cbic.202500049
武蔵野大学について
1924年に設立された武蔵野大学は、仏教精神を根幹とした人格教育を理想に掲げ、現在では13学部21学科、13大学院研究科、通信教育部など学生数14,000人超の総合大学に発展しています。2019年には国内私立大学初のデータサイエンス学部を、2021年には国内初のアントレプレナーシップ学部を開設。2024年には創立100周年を迎え、世界初のウェルビーイング学部を開設するなど、常に未来を見据えた大学改革を進めています。
-
武蔵野大学HP:https://www.musashino-u.ac.jp/
-
薬学部:https://www.musashino-u.ac.jp/academics/faculty/pharmacy/
-
学問の地平から 教員が語る、研究の最前線 ~第12回 天然物化学・分子遺伝学 薬学部 薬学科・薬学研究所 市瀬 浩志 教授~:https://www.musashino-u.ac.jp/research/interview/12_ichinose/
-
日本放線菌学会:https://www.actino.jp/




