高周波電子基板の進化を支える新発見
スマートフォンやデータセンター、自動運転車など、私たちの身の回りにある多くの電子機器は、高速で大量のデータを処理するために「高周波電子基板」という部品を必要としています。この基板の性能を左右する重要な材料の一つが「ポリフェニレンエーテル(PPE)」(低い誘電率と誘電正接を示す高分子材料で、高周波電子基板向けの低損失材料として期待されています)というポリマー(高分子材料)です。PPEは電気信号の損失を抑える「低誘電特性」(誘電率や誘電正接が低く、電気信号の伝送損失を抑えられる性質で、高周波電子基板材料に重要です)に優れており、次世代の電子材料として大きな期待が寄せられていました。
しかし、これまでのPPE材料には課題がありました。それは、製造過程で扱いやすい「加工性」(溶剤に溶けやすい性質)と、硬化後に溶剤に強い「耐溶剤性」(有機溶媒などに触れても、材料が溶けたり膨潤したりして形状や性質を失いにくい性質です)を両立させることが難しかった点です。
課題を乗り越えるメカニズムを解明
この長年の課題に対し、東北大学の三島翔子助教らのグループと太陽ホールディングス株式会社は、反応性を持つ新しいPPE材料が、なぜ硬化後に優れた耐溶剤性を示すのか、その詳細なメカニズムを明らかにしました。
この研究では、実験による材料評価と、「熱硬化系シミュレーション」(加熱によって化学反応が進み、分子同士が結びついて固まる過程をコンピュータ上で再現・解析する手法です)というコンピューター解析技術が組み合わされました。これにより、材料の内部で何が起きているのかを「見える化」することが可能になりました。
三次元ネットワークが耐溶剤性の鍵
研究の結果、PPEに導入された「反応性アリル基」という特殊な部分が、硬化反応中に「トリアリルイソシアヌレート(TAIC)」(加熱により反応して三次元的なネットワーク構造を形成する、熱硬化性樹脂の原料として用いられる化合物です)という熱硬化性成分と反応し、強固な「三次元ネットワーク構造」を形成することが判明しました。この網目のような構造が、材料を溶媒中でもしっかりと形状を保たせ、溶け出したり膨らんだりするのを防ぐ「耐溶剤性」を高める役割を果たしていることが示されました。
下の図は、この三次元ネットワーク形成の様子をシミュレーションで可視化したものです。非反応性のPPEではTAICが局所的に集まってしまうのに対し、反応性アリル基を持つPPEでは、PPEの鎖がTAICの硬化ネットワークに取り込まれ、全体にわたって連続した三次元ネットワークが形成されているのがわかります。

また、硬化反応が進むにつれて分子の動きが鈍くなるタイミングと、反応によって構造が固定化されるタイミングがどのように競合するかによって、最終的な材料の内部構造が決まることも解明されました。これにより、加工時の溶媒溶解性と硬化後の耐溶剤性を両立できる理由が、分子レベルの動きや「相分離」(複数の成分からなる材料中で、成分同士が混ざり合わず、それぞれの成分に富む領域に分かれて存在する現象です)、そしてネットワーク形成という観点から説明できるようになったのです。
未来の電子材料開発を加速する可能性
これまでの高分子材料開発では、材料内部で起こる複雑な構造変化を実験だけで詳細に捉えることは非常に困難でした。しかし、今回の研究で示されたシミュレーション技術(散逸粒子動力学(DPD)シミュレーション:多数の原子をひとまとまりの粒子として扱うことで、高分子材料の相分離やネットワーク形成などの大きなスケールの構造変化を解析するシミュレーション手法です)を活用することで、これまで見えなかったミクロな世界での変化を可視化し、材料の性能がどのように発現するのかを深く理解できるようになりました。
この成果は、低損失・高信頼性を持つ次世代電子材料の開発を大きく加速させることが期待されます。例えば、より高速で安定した通信が可能な5G/6G対応のスマートフォンや、高性能なデータセンター、さらには自動運転技術の進化に不可欠な半導体パッケージなど、様々な最先端エレクトロニクス製品の性能向上に貢献するでしょう。きっと、私たちの生活をより豊かにする未来の技術を支える基盤となるでしょう。
今後、この熱硬化系シミュレーション技術をさらに発展させ、分子設計から硬化反応、そして最終的な材料の物性までを一貫して予測・設計できるような材料開発手法として確立していく予定です。東北大学と太陽ホールディングスは、この産学連携を通じて、シミュレーションと実験を融合した高分子材料設計の高度化に取り組んでいくとしています。
本研究成果は2026年7月28日に、英国王立化学会が刊行する高分子化学分野の学術雑誌「Polymer Chemistry」に公開されました。
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論文情報:
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タイトル:Synthesis of Allyl-Functionalized Branched Poly(phenylene Ether) Enabling Network Formation and Solvent Resistance: An Experimental and Curing Dissipative Particle Dynamics Study
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著者:Shoko Mishima, Yoshiaki Kawagoe, Kaho Shibasaki, Nobuhiro Ishikawa, and Tomonaga Okabe
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掲載誌:Polymer Chemistry
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DOI: 10.1039/D6PY00585C
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本研究の一部は、JST K Program(課題番号:JPMJKP24W1)の助成を受けて行われました。



