捨てられていた「みかんの木」が、湖の水を浄化する建材になった
静岡県浜松市に、捨てられていた「みかんの木」が建材として生まれ変わり、地域の湖の水をきれいにするだけでなく、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を貯め込む住宅が誕生しました。その名も環境再生住宅「BIOCHAR(バイオ炭)」。この革新的な住宅は、国内外で6つの建築・デザイン賞を受賞し、持続可能な社会への新たな一歩として注目を集めています。

捨てられていた資源が、地域の課題を解決する建材に
「BIOCHAR」が建つ静岡県浜松市の佐鳴湖は、かつて全国ワーストの水質汚染を記録しました。下水道の普及が進んでも水質改善が停滞していた背景には、雨水が路面の汚れを一気に運び込む「初期フラッシュ」(雨の降り始めに路面の汚れが一気に流れ出す現象)や、湖底の泥から栄養塩が溶け出す「内部生産」(湖底の泥から栄養塩が溶け出す現象)といった、広範囲に分散した汚染源がありました。これに対し、大規模な浄化施設を建設する従来の土木工法(グレーインフラ)では効果が限定的だったのです。
そこで、建築そのものが雨水を受け止め、浄化して地中へ返す「グリーンインフラ」(自然の働きを活用したインフラ)として機能するという発想が生まれました。この考え方のもと、地域の未利用資源である「みかんの剪定枝」に着目。年間約6,000トンが産業廃棄物として処理され、農家の負担となっていたこの枝木を、地域の切実な環境問題を解決する材料へと転換したのです。



3年の試行錯誤が生んだ「バイオ炭ブロック」
みかんの枝木は密度が高く、1,000℃で炭化させても内部に空洞ができない良質な炭になります。この炭を地元の職人と舗装ブロック製造業者が協力し、新しい建材「バイオ炭ブロック」として開発しました。


開発には3年間の試行錯誤がありました。特に難しかったのは、性質の異なる炭とコンクリートを混ぜる際に生じる剥離問題と、炭が手に付着する実用性の問題です。これらは、炭をセメントペースト(ノロ、セメントと水を混ぜたもの)で事前に被覆する「前処理」や、炭を水に浸して保水状態にする工夫、さらに籾殻燻炭(もみがらくんたん)を配合することで解決されました。その結果、一般のコンクリートよりも強度を20%、不浸透性(水を透過させない性質)を50%高めることに成功しています。
この「バイオ炭ブロック」は、枝の形をそのまま表面に埋め込む「象嵌(ぞうがん)」(素材を埋め込む装飾技法)という技法により、デザイン性と機能性を両立させた工業製品として確立。敷地全体で約21トンものバイオ炭(生物由来の炭)が使用されています。

数値で証明された環境再生効果
「BIOCHAR」の環境効果は、具体的な数値で検証されています。
三段階の雨水浄化システムと水質改善
建物と敷地全体が浄化装置として機能するよう、雨水の通り道が三段階で設計されています。
- 屋根: 人工緑青の銅板から溶け出す銅イオンが雨水を殺菌します。
- 外壁: 多孔質なバイオ炭ブロックが酸性雨を中和し、汚れを吸着します。
- 土壌: 駐車場や植栽帯の地下に埋められたバイオ炭が微生物の住処となり、有機物を分解し、pH(酸性・アルカリ性の度合い)を中性に戻しながら地下へ浸透させます。

2025年12月の水質調査では、佐鳴湖のCOD(化学的酸素要求量、水の汚れを示す指標)が11mg/Lであるのに対し、敷地からの湧水は検出限界以下の0.5mg/Lでした。これは、この住宅から流れ出る水が、湖の汚れを薄める側に作用していることを示しています。

圧倒的な炭素貯留量
約21トンのバイオ炭により、59.82t-CO2(二酸化炭素換算トン)が長期的に貯留されると試算されます。これは同規模のRC造住宅の約5.4倍、木造住宅の約1.4倍に相当します。炭化により炭素含有率が高まり、100年後も89%が残存するとされています。

ZEH(ゼッチ)取得による省エネルギー
外皮の高断熱化と高床式構造による床下通風を組み合わせたパッシブデザインに、太陽光発電・蓄電システムを加え、ZEH(Net Zero Energy House、年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下となる住宅)を取得しています。これにより、一次エネルギー消費量を56%削減し、夏は室温25℃・湿度45〜55%、冬は23〜25℃という快適な室内環境が一年を通して実測されています。

「減らす」から「回復させる」リジェネラティブ建築へ
これまでの環境建築は、環境への負荷を「減らす」ことに主眼を置いてきました。しかし「BIOCHAR」が目指すのは、建てること自体が地域の水質や炭素の状態を「回復させる」側へと転換する「リジェネラティブ(環境再生型)」な建築です。
一軒の住宅から始まったこの取り組みですが、流域の戸建て住宅の20%(約8,000戸)に広がれば、年間約73トンの汚濁負荷が削減され、15〜20年で佐鳴湖の環境基準値5.0mg/L達成が見込まれると試算されています。さらに、浄化された地下水が湖底に届くことでヤマトシジミの生息地が生まれ、その生物濾過によって浄化がさらに加速する可能性もあります。
未来を拓く「クリエイティブ・リソース」の展望
ASEI建築設計事務所は、2011年から未利用資源を建材に変える「クリエイティブ・リソース」という取り組みを継続しており、「BIOCHAR」はその一環です。この手法は、他の地域や資源にも応用が進められています。
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火山灰シラス(鹿児島): シラスブロックとして累計123.75tのCO2削減に貢献し、加圧成型法は鹿児島市電の軌道敷にも採用されています。
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建設発生土としての関東ローム(東京): 「EDO・brick」として一般販売されています。
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籾殻(秋田): 籾殻燻炭ブロックとして、炭素貯留効果のJ-クレジット化(CO2排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度)が検討されています。
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石炭灰(火力発電副産物): 石炭灰ブロックとして試作研究中です。
将来的には、環境価値を経済の中で循環させる仕組みの構築、仕上材だけでなく構造材への未利用資源の活用、そして水質や炭素だけでなく「生命の多様性」そのものを回復させる「ネイチャーポジティブ」(生物多様性の損失を止め、回復させること)の実装を目指しています。
住まいとしての快適性も追求
「BIOCHAR」は、単なる環境技術の実験住宅ではありません。佐鳴湖公園の森に面した邸宅として、住まう人の快適性も深く追求されています。

エントランスからリビング、和室、浴室まで、最大2面約40mにわたる大開口が連続し、目の前の森の風景を室内に取り込む開放的な空間が広がります。特に2階のバスルームは、全開口サッシを折り畳むことで、森林浴と入浴を同時に楽しめる半露天風呂となっています。




内装に用いられたバイオ炭ブロックは、調湿・吸放湿性能と吸着による空気清浄化能力も持ち合わせており、機械設備に過度に頼ることなく、静かで澄んだ空気環境が保たれています。
受賞歴とメディア掲載
「BIOCHAR」は、その革新性が高く評価され、iF Design Award 2026をはじめとする国内外6つの建築・デザイン賞を受賞しています。また、このプロジェクトは『モダンリビング』2026年8月号、日経クロステック、日経アーキテクチュアなど多数のメディアでも紹介されています。
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『モダンリビング』2026年8月号: https://www.modernliving.jp/magazine/a73351267/modernliving-202608/
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『日経クロステック』(2024年2月19日): https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00154/01995/
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『日経アーキテクチュア』(2024年4月25日号): https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/na/18/NA_backnumber/20240425/
誰もが再現できる仕組みを目指して
株式会社ASEI建築設計事務所は、この「BIOCHAR」の取り組みが特別な発明ではなく、どこでも誰でも再現できる仕組みとなることを目指しています。地域に眠る未利用資源を活用し、建材に変える技術、その効果を測る方法、そして環境価値が経済として循環する道筋を確立することで、持続可能な社会への貢献を広げていく考えです。
詳細については、株式会社ASEI建築設計事務所のウェブサイトをご覧ください。
https://aseiarchitects.com



