日本の石油・ガス産業にAIがもたらす変革
日本の石油・ガス産業において、人工知能(AI)の導入が急速に進んでいます。株式会社マーケットリサーチセンターが発表した最新の調査資料「石油・ガス産業向けAIの日本市場(2026年-2035年)」によると、この市場は2025年の2億2,140万米ドルから、2035年には12億9,295万米ドルに達すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は19.3%という高い伸びが期待されています。
AIが注目される背景には、石油・ガス産業が直面する複数の課題があります。特に、上流工程(石油やガスの探査・掘削・生産を行う工程)での人手不足、設備の監視・点検の自動化ニーズ、熟練した技術者の知識継承、設備停止時間の削減、そして脱炭素化への対応やエネルギー効率の改善などが挙げられます。これらの課題に対し、AIは単なる先端技術としてではなく、具体的な業務改善や収益維持に直結する実用的なツールとして導入が進んでいます。
AIが解決する現場の課題
人手不足と熟練者の知識継承
石油・ガス設備は遠隔地や危険な環境に設置されることが多く、現場での点検や保守には経験豊富な人材が不可欠です。しかし、日本では重工業分野でも高齢化と熟練労働者の不足が深刻化しており、従来通りの人員配置が難しくなっています。この問題に対し、AIは以下のような形で貢献しています。
-
遠隔監視・異常検知: AIがセンサーや映像を常に監視し、異常の可能性がある箇所だけを人間に通知することで、現場に配置する人員を減らしつつ設備の状態を維持できます。
-
自律点検ロボット: 危険区域に人が立ち入る必要を減らし、設備信頼性と安全性を向上させることを目指しています。例えば、2025年6月にはANYboticsが、四足歩行ロボットANYmal向けのガス漏洩検知ソリューションを投入しました。これにより、人が入りにくい場所でのガス漏れ確認が可能になります。
-
デジタル知識管理: ベテラン技術者の長年の経験に基づくノウハウ(音、振動、温度、匂いなどから異常を判断する能力)が、退職とともに失われるリスクがあります。AIは過去の異常データ、整備履歴、運転条件などを学習し、若手技術者の判断を支援することで、知識継承をサポートします。
設備稼働の最適化と効率化
AIは、設備の稼働率向上とエネルギー効率改善にも大きく貢献します。特に上流工程では、一度の設備停止が大きな収益損失につながるため、予知保全(AIなどが設備の異常を事前に察知し、故障前にメンテナンスを行うこと)や生産最適化による効率改善が非常に重要です。
-
上流工程でのAI活用: 地震探査データ解析、貯留層モデリング、掘削条件最適化、早期故障検知などにAIが利用されています。膨大なデータを高速で比較・分析することで、地下構造の解析や異常兆候の検出を効率化し、生産量の安定化につなげられます。INPEXは、地震探査データの再処理、操業ログ分析、予知保全へのAI活用を進めています。
-
中流・下流工程でのAI活用: 製油所やLNG設備などの中流・下流工程でもAI導入が進んでいます。Mitsubishi Heavy IndustriesやJGCは、コンプレッサーやLNGトレイン、水素対応設備などにデジタルツイン(現実世界の設備やシステムを仮想空間に再現し、リアルタイムデータで監視・分析すること)を組み込む方向です。
-
プラント制御へのAI導入: 2023年3月には、ENEOS MaterialsとYokogawa Electricが、強化学習(AIが試行錯誤を繰り返し、最適な行動を自ら学習していく方法)ベースのAIアルゴリズム「FKDPP」をENEOS Materialsの化学プラントで正式採用したと発表しました。これは、AIが試験段階から実際のプラント制御・最適化へと移行している実例です。
-
製油所全体での故障予防: 2025年8月にはENEOS Holdingsが、国内9か所すべての製油所へAI搭載の故障予防システムを導入したとされており、AIが企業全体の設備運用基盤に組み込まれ始めていることを示しています。
脱炭素化と環境監視への貢献
AIは、環境負荷の低減と脱炭素化の取り組みにも不可欠な技術となっています。
-
メタン・漏洩排出の監視: 石油・ガス設備からのメタン漏洩は環境負荷だけでなく安全上の問題も引き起こします。AIカメラ、超音波センサー、衛星データなどを組み合わせることで、広範囲の施設を継続的に監視し、異常が検出された場所だけを作業員が確認することで、点検効率を高められます。2025年7月にはShellが、風向きや濃度データを利用してメタン漏洩の発生源と排出量を推定する独自のAIソリューションの試験を開始したとされています。これは日本企業の設備にも応用される可能性があり、ESG(環境・社会・ガバナンス)対応の観点からも需要が広がるでしょう。
-
エネルギー効率改善: 製油所やLNG設備では、炉、熱交換器、コンプレッサーなどの運転条件をAIで最適化することで、燃料使用量を削減し、CO2排出量を同時に減らせます。既存設備を水素混焼やCCS(二酸化炭素回収・貯留)に対応させる上でも、AIによる運転最適化は重要な役割を担います。
今後の市場展望と課題
日本の石油・ガス向けAI市場は、今後「予知保全」「デジタルツイン」「自律点検ロボット」「上流生産最適化」「メタン・漏洩監視」「脱炭素・エネルギー最適化」「熟練知識のデジタル化」「AIサービス化」といったテーマを中心に発展していくと考えられます。
市場の成長を支えるのは、AIソリューション(予知保全、デジタルツイン、プロセス最適化など)が予測期間中にCAGR22.1%という高い伸びを示すと見込まれていることです。これは、AIが単独のソフトウェアではなく、既存の設備や制御システム(DCSやSCADAといった産業用制御システム)に組み込まれ、「設備機能の一部」となる需要が大きいことを示しています。
一方で、AI導入にはいくつかの課題も存在します。既存のOT(工場やプラントなどで使われる、設備を制御・監視する技術)システムとの安全な統合、サイバーセキュリティの確保、そしてAIモデルの性能を左右するデータ品質の向上が重要です。また、AIモデルは一度導入すれば終わりではなく、設備条件の変化に応じて継続的な調整や運用支援が必要となるため、AI-as-a-Serviceのような継続的なサービス提供モデルも拡大するでしょう。
最終的に、日本の石油・ガス向けAI市場は、単に人間の分析を補助するツールから、少ない人員で安全・安定・低炭素なエネルギー設備を運転するための中核インフラへと発展すると見られています。今後は、AIモデルの精度だけでなく、既存設備への安全な統合能力、実際の停止時間・燃料消費・排出量削減効果、そしてロボットや遠隔運転との組み合わせによる現場依存度の低減が、企業の競争力を左右する鍵となるでしょう。
当英文調査レポートに関するお問い合わせ・お申込みはこちら:
https://www.marketresearch.co.jp/contacts/
株式会社マーケットリサーチセンターについて:
https://www.marketresearch.co.jp



