日本の臨床試験市場、2035年には28億米ドル規模へ拡大予測:AIと分散型試験が拓く未来の医療
日本における臨床試験市場は、今後大きな成長が期待されています。2025年時点の16.1億米ドル規模から、2026年から2035年にかけて年平均成長率(CAGR)5.7%で拡大し、2035年には28.0億米ドルに達するとの予測が発表されました。この成長を支える主要な要因は、革新的な治療法への需要の高まり、厳格な規制への対応、医療イノベーションに対する政府の支援、高齢化に伴う慢性疾患の増加、そしてAI(人工知能)やデジタル技術を活用した臨床試験の効率化です。
高齢化社会がもたらす新たなニーズ
日本はアジアでも有数の高度な医療インフラと専門人材を持つ国として、臨床試験市場の基盤が確立されています。特に高齢化は、市場成長の大きな推進力です。75歳以上の成人の90%以上が少なくとも一つの慢性疾患を抱え、約80%が複数の疾患を管理していると報告されています。このような状況は、新しい薬剤や治療法への需要を増加させるだけでなく、高齢患者を対象とした安全性や薬物相互作用、長期的な有効性を検証する必要性を高めています。
高齢患者は多様な健康状態を持つため、従来の画一的な試験設計ではなく、実際の医療現場に近い多様な患者群を対象とした、より複雑で高度な臨床試験が求められるようになるでしょう。
臨床試験の未来を変える「分散型」と「AI」
患者の負担を軽減する分散型臨床試験
これまでの臨床試験は、患者が特定の医療機関に通院し、医師による評価や検査、投薬を受ける「集中型」が主流でした。しかし近年では、ウェアラブル機器、オンライン診療、電子患者報告アウトカム、遠隔モニタリング、電子同意などを活用する「分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial, DCT)」の導入が進んでいます。
分散型臨床試験は、患者がすべての試験手続きのために治験施設へ通う必要をなくし、より広範な地域からの参加を可能にします。特に日本では高齢者の増加により通院負担を減らすことの重要性が高まっており、地方在住者や移動が困難な高齢患者にとって、自宅でデータ収集や遠隔診療を受けられるこのモデルは、臨床試験への参加障壁を大きく下げる可能性を秘めています。これは、患者募集を効率化し、試験からの途中離脱率を低減することで、新薬開発期間の短縮にもつながると期待されています。
AIが加速させる医薬品開発
AIの活用は、臨床試験のプロセス全体を大きく変革しようとしています。例えば、2024年8月には富士通が米国のParadigm Healthと提携し、日本の「ドラッグロス」(海外で利用可能な新薬が日本で開発されない問題)問題への対応と臨床試験の迅速化を目指す医療データエコシステムの構築を発表しました。富士通のAIサービス「Kozuchi」とParadigmのプラットフォームを組み合わせることで、医療データの収集・処理・分析を高度化し、試験計画の策定や対象患者の特定を効率化する狙いです。
AIは、具体的に以下の点で臨床試験に価値をもたらします。
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患者募集の効率化: 電子カルテや医療データベースから、治験の適格基準を満たす患者候補を高速で抽出します。これにより、従来は医師や臨床研究コーディネーター(CRC)が手作業で行っていた膨大な記録確認作業が大幅に短縮される可能性があります。
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治験施設選定の最適化: 過去の患者数、疾患別の症例数、治験実績、登録速度、脱落率などを分析し、特定の試験に最適な医療機関を予測します。これにより、試験開始後に「患者が集まらない」といったリスクを減らし、開発スケジュールの遅延を防ぐことができます。
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プロトコル設計の改善: 過去の臨床試験データや失敗例を分析し、過度に厳しすぎる参加条件や不要な検査項目を見直すことで、患者募集を容易にしつつ、データ品質を維持できるような試験計画(プロトコル設計)が可能になります。
AIは単なるデータ解析ツールではなく、試験設計から患者募集、進捗管理、データ処理まで、臨床試験全体を効率化する基盤技術として、その価値を増しています。
患者中心の設計と規制改革
患者に寄り添う試験デザイン
今後の臨床試験では、「患者中心型(Patient-Centric)」の設計がますます重要になります。これは、通院回数の削減、オンライン面談、在宅採血、薬剤の自宅配送、ウェアラブル機器による遠隔測定などを組み合わせることで、患者の負担を減らし、試験からの途中離脱を防ぐことを目指すものです。特に高齢患者が多い日本では、デジタル化されたツールの「使いやすさ」が成功の鍵となるでしょう。
「ドラッグラグ」「ドラッグロス」解消への期待
海外で承認・販売されている新薬が日本で利用可能になるまでに時間がかかる「ドラッグラグ」や、日本向けの開発自体が行われない「ドラッグロス」といった問題は、長年の課題でした。これらの問題を解決するための規制改革も、市場成長の重要な要因とされています。承認までの期間が短縮されれば、海外企業が日本を国際共同治験へ組み込みやすくなり、国内で実施される臨床試験数の増加につながるでしょう。
多様なサービスと領域が市場を牽引
臨床試験は、主に以下の4つのフェーズに分かれます。
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第I相(Phase I): 少数の健康な人または患者を対象に、薬剤の安全性や体の中での動き(薬物動態)を確認する初期段階です。
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第II相(Phase II): 対象疾患の患者に対して、有効性の兆候や最適な用量を確認する段階です。
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第III相(Phase III): 大多数の患者を対象に、新薬の有効性と安全性を大規模に確認する最終段階で、市場シェアも最も大きいとされています。
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第IV相(Phase IV): 承認後の医薬品について、長期的な安全性や実臨床での効果、まれな副作用などを確認する段階です。
これらのフェーズを支えるサービスは多岐にわたり、ラボサービス、バイオアナリティカル試験(生体試料の分析)、分散型臨床試験サービス、患者募集、治験施設選定、治験薬供給・物流などが主要な分野です。特に、がん、感染症、神経疾患といった治療領域や、モノクローナル抗体、細胞・遺伝子治療といった新しい治療法(モダリティ)の開発が活発であり、これらの分野が市場成長を大きく支えています。
競争と課題、そして未来
IQVIA、Caidya、Parexel、Syneos Healthといったグローバルな医薬品開発業務受託機関(CRO)が市場の主要プレイヤーとして存在感を放っています。今後の競争では、単に多くの施設やモニターを抱えるだけでなく、「データとテクノロジーを駆使して、いかに速く、正確に試験を設計・実行できるか」が重要になるでしょう。
一方で、日本市場はGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)をはじめとする厳格な規制遵守が求められます。AIや医療データ活用が進むほど、個人情報保護やデータガバナンス(データの管理・運用に関する仕組み)の重要性も高まります。技術革新と規制遵守を両立できる仕組みの構築が、市場成長の条件となります。
2035年に向けた日本の臨床試験市場は、「人手を大量に投入して治験を運営する市場」から、「データとテクノロジーによって開発速度を高める市場」へと変貌を遂げつつあります。AI、データ、分散型モデルを組み合わせることで、規制品質を維持しながら、より速く、そしてより患者に負担の少ない医薬品開発が実現される未来が、すぐそこまで来ています。



