EV時代に欠かせない「軽量化」の波
自動車業界は今、電気自動車(EV)への大きな転換期を迎えています。EVは環境に優しい一方で、大きな課題の一つが「バッテリーの重さ」です。バッテリーが重くなると、車の航続距離が短くなったり、電費(電気自動車の燃費)が悪くなったり、さらには安全性や走行性能にも影響が出ます。そこで注目されているのが、車体全体の「軽量化」です。単に車を軽くするだけでなく、EVの性能を最大限に引き出し、未来のモビリティを形作る上で不可欠な技術として、その重要性が増しています。
株式会社マーケットリサーチセンターの調査レポートによると、日本の自動車用軽量材料市場は、2025年時点で85.1億米ドル(約1兆3000億円)規模に達しており、2026年から2035年にかけて年平均成長率(CAGR)6.3%で拡大し、2035年には156.8億米ドル(約2兆4000億円)に達すると予測されています。
この市場成長の最大の背景は、EV化によってバッテリーパックの重量が増加する中、車両全体の重量を抑えて航続距離、安全性、組立効率を確保する必要性が高まっていることにあります。
*1ドル155円換算
なぜ軽量化が「すごい」のか?
自動車の軽量化は、多くのメリットをもたらします。EVの場合、車体が軽くなれば、より少ない電力で長く走れるようになり、航続距離の延長や電費の改善に直結します。また、車両が軽くなることで、サスペンション(車体と車輪の間で衝撃を吸収する部品)やブレーキに必要な負荷も下がるため、これらの周辺部品も小型化・軽量化できる可能性があります。つまり、ボディの重量削減は車両全体に良い影響を与える「システム効果」があるのです。レポートでは、車両重量を10%削減すると燃費が6~8%改善すると推定されており、EVにおいても同様に電費改善や航続距離維持に大きく貢献します。
進化する軽量材料の最前線
軽量化を実現するためには、様々な種類の材料が適材適所で使われています。
金属材料:量産性を支える進化
現在の市場を主導しているのは、アルミニウム合金や先進高張力鋼(引っ張る力に強い特殊な鋼材)といった金属材料です。これらの金属は、既存の自動車生産設備との相性が良く、コストと強度のバランスにも優れているため、日本の自動車メーカーに採用されやすいという特長があります。特に、年間数十万台規模で同じプラットフォーム(車の基本骨格)を生産する自動車メーカーにとって、材料変更による設備改修コストは大きな課題です。既存の工程を活用しながら、板厚を薄くしたり、より強度の高い材料に置き換えたりできる金属は、現実的な軽量化手段として大きな役割を担っています。
また、アルミニウムよりもさらに軽い「マグネシウム」も注目されています。2025年10月には日本製鋼所が、軽量なマグネシウム大型部品を製造する「gigamagnesium」向け大型射出成形機(プラスチックなどを溶かして型に流し込み成形する機械)の需要獲得を狙う計画を示しました。これが実用化されれば、大型部品を一体で成形できるようになり、部品点数の削減と大幅な重量削減を同時に実現できる可能性があります。
複合材料:EVの性能を引き出す切り札
最も高い成長率が見込まれているのが、複合材料です。炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラス繊維複合材は、重量に対して非常に高い強度を持つため、重いバッテリーを搭載するEVとの相性が抜群です。従来、CFRPは価格が高く、成形に時間がかかるため、スポーツカーや高級車での利用が中心でした。しかし、短時間で硬化する樹脂や、熱を加えて加工できる熱可塑性複合材、自動で材料を積み重ねる技術などが進歩すれば、生産速度を高め、量産車への適用が広がるでしょう。
実際に、2024年5月には韓国のHyundaiが日本のToray Industries(東レ)と戦略協力契約を結び、炭素繊維や複合材料分野での技術革新を進めています。Torayは自動車用途向けの短時間硬化炭素繊維や樹脂システムにも投資しており、複合材料を高級車から量産車へ広げるためのサイクルタイム(製造にかかる時間)短縮を進めています。複合材はボディパネルだけでなく、構造補強、バッテリーケース、ドアなどの開口部部品など、用途が拡大しており、特にEVではバッテリー保護のために高い強度と軽量性が同時に求められるため、重要な選択肢となっています。
プラスチック・エラストマー:見えない部分で貢献
プラスチックは、主に内装部品や車の骨格ではない部分で重要な役割を果たします。金属部品をエンジニアリングプラスチック(高性能プラスチック)に置き換えることで重量を削減できるだけでなく、複数の部品を一体で成形できるため、部品点数を減らすことにもつながります。部品点数が減れば、製造時の組み立て効率も向上し、製造コストや手間も削減できる可能性があります。
エラストマー(ゴムのような弾性を持つ材料)は市場規模としては限定的ですが、車の防振(振動を抑える)、シール(隙間を埋める)、騒音低減などで重要な役割を担います。EVではエンジン音がなくなることで、他の振動や騒音が目立ちやすくなるため、軽量化とNVH性能(騒音・振動・ハーシュネスを抑える性能)を両立する材料として一定の役割を持っています。
「今までと何が違うのか」:マルチマテリアル設計と接合技術の進化
最近の市場では、一つの部品を単に軽い材料に置き換えるだけでなく、「マルチマテリアル設計」が重要になっています。これは、高張力鋼、アルミ、複合材など、異なる材料を一台の車両内で各部分に最適な形で組み合わせ、重量、強度、コストを総合的に最適化するアプローチです。
このマルチマテリアル化では、異なる材料同士をどうつなぎ合わせるかという「接合技術」が大きな課題となります。通常のスポット溶接だけでは接合しにくい場合が多いため、接着剤、レーザー溶接、機械締結などを組み合わせる必要があります。日本のAisinやDaido Steelなどのサプライヤーも、こうしたハイブリッド接合(複数の接合方法を組み合わせる技術)の高度化に取り組んでいます。
さらに、2024年12月には東北大学の研究者がマルチマテリアル3Dプリンティング技術を開発したとされています。これは、異なる材料を一体的に造形できる技術で、従来の接合方法では作りにくかった形状や機能を実現できる可能性があります。
「将来どう役立つのか」:持続可能性とデジタルの力
環境に優しい材料と「デジタルプロダクトパスポート」
サステナビリティ(持続可能性)とリサイクル性も、今後の自動車軽量材料市場の大きなテーマです。日本の環境政策や自動車メーカーの循環経済(資源を繰り返し利用する経済システム)目標を背景に、単に軽いだけでなく、使用後に再利用・再資源化しやすい材料が求められています。
Nippon Steel(日本製鉄)やSumitomo Chemical(住友化学)などは、再利用可能な高強度鋼や、植物由来のエンジニアリングプラスチックを開発・商業化しているとされています。2025年12月にはToyoda Gosei(豊田合成)が、再生材を高比率で使用したウェザーストリップ(窓枠などの隙間を埋めるゴム部品)などの自動車部品を商業化しました。これらの事例は、軽量化と循環型材料利用を同時に進める動きを示しています。
さらに、2026年1月にはTeijin(帝人)が、Circulariseの「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」を利用し、再生ポリカーボネート樹脂のサプライチェーン追跡実証を開始しました。DPPは、製品の材料がどこから来て、どのように加工されたかといった履歴をデジタルデータとして記録・管理する仕組みです。これにより、再生プラスチックの品質や由来を確認しやすくなり、自動車メーカーが安心してトレーサブル(追跡可能)な再生材料を採用できるようになるでしょう。
AIが設計する「未来の形」
デジタル技術も市場を大きく変えています。AI(人工知能)を活用した「トポロジー最適化」という技術は、部品にかかる力や設計条件に基づいて、「本当に必要な部分だけ材料を残す」構造を設計できます。これにより、従来の人間による設計では考えられなかったような、より軽く、かつ必要な剛性(変形しにくさ)を持つ部品を作れる可能性があります。
例えば、マグネシウムやCFRPで格子状の構造を設計すれば、材料の使用量を抑えながら特定方向への剛性を高めることができます。こうした複雑な形状は3Dプリンティング技術との相性も良く、今後、より革新的な部品が生まれるかもしれません。2025年9月にはFEVとNature Architectsが戦略的協業を開始し、デジタル設計技術の高度化を進めています。経済産業省(METI)もデジタルツイン(現実世界の情報をデジタル空間に再現する技術)やマテリアルズ・インフォマティクス(材料開発に情報科学を応用する技術)を利用した研究を支援しており、材料選定や構造設計の開発期間短縮につながっています。
市場を牽引する企業と今後の展望
自動車軽量材料市場の主要企業としては、BASF、Toray Industries、LyondellBasell、Novelisなどが挙げられます。これらの企業は、高性能な材料を提供するだけでなく、シミュレーションを活用した材料選定支援や、クローズドループ型リサイクル(製品を回収し、再び同じ製品の原料として利用する仕組み)の推進など、多角的なアプローチで市場をリードしています。
今後の競争力を左右するのは、「最も軽い材料を提供できるか」だけではありません。量産性、耐久性、既存設備との統合性、リサイクル性、安定した現地供給、そして自動車メーカーとの共同開発能力が重要になります。特にEVにおいては、材料変更による重量削減が航続距離やバッテリーサイズに直接影響するため、軽量化の経済的価値がさらに高まっています。高価な軽量材料であっても、それによって必要なバッテリー容量を抑えられるなら、車両全体として採算が合う可能性も出てくるでしょう。
今後は、材料メーカーが単なる素材供給者ではなく、設計段階から自動車メーカーと共同で開発を進める「共創」の重要性が高まります。シミュレーションやデジタル設計を利用し、「この材料ならどの程度重量を削減でき、どのように成形・接合できるか」まで提案できる企業が、市場で有利な立場を築くことでしょう。また、日本の自動車メーカーは国内だけでなく海外でも同じ車両プラットフォームを販売するため、グローバルな生産体制に対応できる材料供給能力も重要となります。
まとめ:未来の自動車を形作る軽量化技術
日本の自動車軽量材料市場は、EV化という大きな潮流の中で、従来の「燃費改善のための技術」から、「EVの航続距離と車両設計を成立させるための必須技術」へとその役割を大きく変化させています。金属材料が量産性とコストの観点から市場を支えつつ、複合材料が最も速い成長を遂げるなど、多様な材料がそれぞれの強みを活かして進化しています。
この市場は、2035年に向けて「EVバッテリー重量の相殺」「アルミ・高張力鋼の活用」「CFRP・複合材料の拡大」「マルチマテリアル設計」「接合技術の進化」「3Dプリンティングの応用」「リサイクル材とデジタルプロダクトパスポートの導入」「デジタル設計による最適化」といった多様なテーマに集約されるでしょう。単に軽い材料を選ぶだけでなく、車両全体を材料・構造・製造工程の組み合わせによって最適化する市場へと変貌を遂げ、未来のモビリティの姿を大きく変えることでしょう。
詳細な調査レポートについては、株式会社マーケットリサーチセンターのウェブサイトをご覧ください。



