「壊れやすさ」を操り「壊れにくい」材料を創る新技術:エラストマーの強靭性を20倍に向上させるロタキサン型犠牲結合の設計

「壊れやすさ」を操り「壊れにくい」材料を創る新技術:エラストマーの強靭性を20倍に向上させるロタキサン型犠牲結合の設計

逆転の発想で「壊れにくい」材料へ

私たちは日々、スマートフォンから自動車、医療機器に至るまで、様々な「エラストマー」という材料に囲まれて生活しています。エラストマーとは、ゴムのように柔らかく、力を加えても伸び縮みして元の形に戻る性質を持つ材料のことです。しかし、これらの材料には「壊れにくい」という特性が常に求められています。例えば、車のタイヤや建築物の制振材など、高い耐久性が不可欠な場面は少なくありません。

この「壊れにくい」材料を作るための、一見すると逆説的ながらも画期的なアプローチが、千葉大学大学院工学研究院の鞆津典夫特任研究員、青木大輔准教授らの研究グループと、東京科学大学物質理工学院応用化学系の大塚英幸教授、高橋 明助教、横地浩義大学院生らの共同研究によって開発されました。

「犠牲結合」でエネルギーを逃がす

今回の研究の鍵となるのは、「犠牲結合」という考え方です。犠牲結合とは、材料に強い力が加わった際に、通常の結合よりも弱い力で先に切れるように設計された結合のこと。この弱い結合が「犠牲」になることで、力を受けた際にエネルギーを吸収・分散し、材料全体が致命的に壊れるのを防ぐ役割を果たします。

これまでの研究では、この犠牲結合の「切れやすさ」だけを狙って調整することが難しく、それが材料全体の強靭性(壊れにくさ)にどう影響するのかを明確にすることは困難でした。

ロタキサンが拓く新たな材料設計

研究グループは、この課題を解決するために「ロタキサン」という特殊な分子構造に着目しました。ロタキサンとは、棒状の分子(軸成分)がリング状の分子(輪成分)の輪の中を通り、その両端が大きな分子(キャップやストッパーと呼ばれる)で固定されている分子集合体のことです。このロタキサンをエラストマーの「架橋点」(分子鎖同士をつなぐ結び目のような部分)として利用することで、新たな犠牲結合を作り出しました。

ロタキサン型犠牲結合の概念図

今回の研究の最も注目すべき点は、このロタキサンの基本骨格を変えることなく、軸の末端にある「ストッパー」の構造だけを系統的に変化させることで、力が加わった際の「輪」の抜けやすさ(つまり、犠牲結合の切れやすさ)を精密に制御することに成功した点です。これにより、分子レベルでの輪の抜けやすさと、エラストマー全体の強度、伸び、そして最も重要な「壊れにくさ」との関係が明確にされました。

わずかな調整で強靭性が最大20倍に向上

驚くべきことに、ごく少量のロタキサン架橋をエラストマーに導入するだけで、材料本来の柔軟性や弾性をほぼ維持したまま、材料の壊れにくさを示す「破断エネルギー」を最大で約20倍も向上させることに成功しました。これは、まるで小さな安全装置を組み込むだけで、材料全体の耐久性が飛躍的に高まるようなものです。

この成果は、分子の設計段階から材料全体の力学特性(力に対する振る舞い)を合理的に制御できる、これまでにない高分子材料の設計指針を示すものです。これまでは経験則に頼る部分も大きかった材料開発において、分子構造と材料特性の間に明確な関係性を見出した点で、非常に画期的な進歩と言えます。

広がる未来への可能性

本研究は現在のところ基礎研究の段階ですが、ここで確立された設計指針は、エラストマーのさらなる高機能化と用途拡大に大きく貢献すると期待されます。具体的には、以下のような分野での応用が将来的に見込まれます。

  • 自動車材料: より安全で長寿命なタイヤやエンジン部品、内外装材など。

  • 建築物の制振・耐震材料: 地震の揺れを効果的に吸収し、建物の安全性を高める材料。

  • 医療分野: 体内埋め込み型デバイスや人工臓器など、高い耐久性と柔軟性が求められる材料。

  • 航空宇宙分野: 極限環境下でも性能を維持できる軽量で強靭な材料。

この研究成果は、2026年8月30日(現地時間)に学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。分子レベルの精密な設計が、私たちの生活を支える材料の未来を大きく変える可能性を秘めています。

論文情報

  • タイトル: Harnessing Sacrificial Mechanical Bonds for Toughening Elastomers

  • 著 者: Hirogi Yokochi, Norio Tomotsu, Daisuke Aoki, Akira Takahashi and Hideyuki Otsuka

  • 雑誌名: Advanced Materials

  • DOI: 10.1002/adma.74712

研究プロジェクトについて

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(C)、および特別研究員奨励費の支援を受けて行われました。