AIが未踏の人工結晶を発見!スピン波を自在に操る新技術で量子コンピューターの未来を拓く
情報技術の進化は目覚ましく、より高速で省エネルギーなデバイスが求められています。その鍵を握る技術の一つが、磁性体中の特殊な波である「スピン波」を制御する「マグノニック結晶」です。しかし、このマグノニック結晶の最適な構造を見つけることは、これまで非常に困難でした。この度、東京理科大学、筑波大学、横浜国立大学、物質・材料研究機構(NIMS)の共同研究グループは、AIを駆使することで、この難題を解決する新たな人工結晶の設計に成功しました。
スピン波とは?なぜそれが重要なのか?
スピン波(※1)とは、磁性体の中にある電子の磁石の性質(スピン)が、隣り合う電子と連鎖的に揺れ動くことで生まれる波のことです。電子そのものを動かす電気とは異なり、スピン波は熱をほとんど発生させずに情報を伝えることができるため、次世代の超低消費電力デバイスの実現に不可欠な技術として注目されています。
※1:スピン波
磁性体中の隣接原子の磁気モーメント(スピン)が連鎖的に揺れ動くことで生じる波。量子力学的にはマグノンとも呼ばれる。電子を直接流さずに情報を運べるため、発熱が少なく省エネな情報伝達手段として注目されている。
「マグノニック結晶」(※2)は、このスピン波の動きを精密に制御するための人工的な磁性材料です。光を制御するフォトニック結晶のように、特定の周波数帯のスピン波だけを通したり、遮断したりすることができます。特に、スピン波が伝われない周波数帯「マグノニック・バンドギャップ」(※3)を広くすることが、高性能なデバイスを作る上で重要とされています。
※2:マグノニック結晶
スピン波(マグノン)に対して周期的ポテンシャルを形成し、その伝播を制御する人工的な磁性構造体。
※3:マグノニック・バンドギャップ
マグノニック結晶において、スピン波が反射・減衰により伝搬できない周波数の帯域。バンド次数が高いほど、より高い周波数帯域でギャップが形成される。
AIが「ゆらぎ設計エージェント」で未踏の構造を発見
これまで、マグノニック結晶の設計は、経験則に頼る部分が大きく、最適な構造を見つけるのが難しいという課題がありました。特に、構造が少し変わるだけでスピン波の伝わり方が複雑に変化するため、より高性能なナノ構造(※4)の実現は、材料設計における大きな未解決問題でした。
※4:ナノ構造
ナノメートル(1メートルの10億分の1)スケールの微細な構造。
本研究グループは、この課題に対し、「ゆらぎ設計エージェント」と名付けられた革新的なAIアプローチを開発しました。これは、生物の進化を模倣する「遺伝的アルゴリズム」(※5)と、スピン波の動きを詳細に計算する「マイクロ磁気シミュレーション」(※6、※7)を組み合わせたものです。AIが自律的に様々な構造を試行錯誤し、最適なマグノニック結晶の構造を探索します。

その結果、これまで報告例のない、鉄(Fe)と酸化ユーロピウム(EuO)を組み合わせた新しい形状のマグノニック結晶を複数発見しました。これらの新規構造は、スピン波の伝わり方を大幅に制御できることが確認され、特に「マグノニック・バンドギャップ」の幅が最大8.7 GHzにも達するという、非常に優れた性能を示しました。
この性能は、従来の構造と比較して、特定のバンド(スピン波の伝わるモード)で最大830%もの大幅な向上を実現しています。これは、AIによる設計が、人間の経験や直感だけでは見つけられなかった画期的な構造を生み出したことを示しています。

AIが「なぜ」その構造が優れているのかを解き明かす
この研究のもう一つの重要な点は、AIがどのようにして最適な構造を見つけたのか、その「思考プロセス」を可視化・解析したことです。一般的に、AIの判断は「ブラックボックス」になりがちですが、研究グループは「説明可能AI」(※8)と呼ばれる技術を用いて、設計空間を「多次元尺度法(MDS)」(※9)でマッピングしました。
※8:説明可能AI
AIの判断根拠や意思決定過程を人間が理解できる形で説明可能なAI。
※9:多次元尺度法(MDS)
多数のデータ間の距離や類似度を計算し、高次元のデータを2次元または3次元の座標上に視覚化する統計的手法。

この可視化によって、低次のバンドギャップを最適化する際には、AIが類似した構造に集中して解を見つける傾向があることが分かりました。しかし、高次のバンドギャップ(より複雑なスピン波のモード)を最適化する際には、AIが広範囲にわたる多様な構造を発見し、複数の高性能な候補が存在することが明らかになりました。これは、高次バンドの設計には柔軟性が高く、より多くの選択肢があることを意味しています。
量子コンピューターや次世代AIデバイスへの貢献に期待
本研究で開発された「ゆらぎ設計エージェント」は、これまでにないナノ構造を探索するだけでなく、その探索過程を人間が理解できる形で可視化した点で、従来の材料設計研究と一線を画しています。この手法は、東京理科大学が以前から開発してきた「拡張型自由エネルギーモデル」というAIモデルの概念を、より解釈可能な材料設計に応用したものと言えます。
この技術は、スピンの動きを制御することが重要となる様々な磁気デバイスや、究極の計算能力を持つ「量子コンピューター」の実現に大きく貢献することが期待されています。研究はまだ基礎段階ですが、将来的に超低消費電力の次世代情報処理デバイスやAIハードウェアが実現し、スマートフォンやデータセンターの省エネルギー化に繋がる可能性を秘めています。
本研究成果は、2026年7月28日に国際学術誌「Small Structures」にオンライン掲載され、2026 Materials Research Society(MRS)Spring Meeting & ExhibitではBest Presentation Awardを受賞するなど、国際的にも高い評価を受けています。
詳細については、以下の論文をご参照ください。
また、関連する過去の研究プレスリリースはこちらです。
- 東京理科大学プレスリリース(2022年11月29日付)「『なぜ?』『どこ?』『どのような?』がわかる、デバイスの新たな機能設計論を実現〜トポロジーとAIを融合して、拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを創出〜」: https://www.tus.ac.jp/today/archive/20221117_5026.html
※本記事は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260714_3191.html)の情報を元に作成しています。



