量子技術の未来を拓く「ダイヤモンド量子デバイス」の可能性:室温で動く次世代技術の最前線

近年、「第二世代量子技術(量子技術2.0)」という言葉が使われ始めています。これは、電気や光を構成する電子や光子といった「単一の粒子」が持つ、私たちの日常的な物理法則では説明できない量子力学的性質を直接操作・制御して利用する新しい技術のことです。
従来の量子技術(第一世代量子技術)では、大量の電子や光子を集団として扱い、その平均的な効果を利用して半導体やレーザーなどの製品を生み出してきました。これに対して、第二世代量子技術では、個々の粒子の状態を精密に操ることで、例えば、これまでにない高速な情報処理を可能にする量子コンピューティング、安全な情報伝達を実現する量子暗号通信、そして超高感度な量子計測など、革新的な応用が期待されています。
しかし、単一の粒子の量子状態は外部からの影響に非常に弱く、極めて不安定です。この不安定さを克服し、量子状態を安定して保持・操作するためには、これまで極低温の特殊な環境が必要でした。これが、第二世代量子技術の産業化における大きな課題の一つです。
そこで注目されているのが「ダイヤモンド」です。ダイヤモンドは、その美しさの源でもある強固な炭素原子の結晶構造により、磁気ノイズや熱振動といった内部からの妨害が非常に少なく、さらに高い光透過性を持っています。この特性により、ダイヤモンドの結晶中に量子状態を作り出すことができれば、これを安定的に保持し、光や電波を使って外部から操作・制御することが可能になります。
ダイヤモンドNV中心の発見と進化
ダイヤモンド中に量子状態を作り出す方法は、1997年にヨルグ・ヴラハトルップ教授らの研究チームによって大きく進展しました。彼らは、以前から知られていたダイヤモンド中の窒素(N)と空孔(V:炭素原子が抜けた位置)が並んだ複合欠陥(NV中心)を、単一電子スピンの量子状態として扱うことに成功したのです。NV中心とは、ダイヤモンドの結晶構造にある炭素原子の配列の一部が、窒素原子と、炭素原子が抜けた穴(空孔)に置き換わったものです。このNV中心にある電子の「スピン」(自転のような性質)が、量子コンピューターの情報の最小単位である「量子ビット」として利用できます。
2000年代に入ると、このダイヤモンドNV中心を用いて、従来の量子デバイスでは不可能だった「室温環境下での量子状態の保持や操作」が実証されました。これにより、今日のダイヤモンド量子デバイスの研究開発が大きく加速しています。
ダイヤモンド量子デバイスの主要な応用分野
現在、ダイヤモンド量子デバイスは主に以下の3つの用途に分類できます。いずれの分野でも、従来の技術では難しかった室温動作が可能になる点が、この技術の大きな強みです。

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量子コンピューティング:
NV中心などの電子スピンを量子ビット(情報の最小単位)として利用し、重ね合わせ(0と1の両方の状態を同時に持つこと)や量子もつれ(二つの量子ビットが互いに強く結びつく現象)といった量子力学的性質を利用して、超高速な並列計算を行います。レーザー光でスピンを初期化し、マイクロ波パルスで論理ゲート(計算の基本操作)を行い、蛍光で結果を読み出します。現在のコンピューターでは膨大な時間がかかる計算を、飛躍的に高速化する可能性を秘めています。 -
量子暗号通信:
NV中心などの欠陥から発生する単一光子の量子状態に暗号鍵を乗せることで、第三者による観測があった場合に、その量子状態が変化することを利用して盗聴を検知します。これにより、理論上解読不可能な、極めて安全な情報伝達が実現します。 -
量子センサー:
外部の磁場や温度の変化によって、NV中心のスピンの共鳴周波数がわずかにシフトする現象を捉えることで、非常に微細なエネルギー変化を高感度に検出します。レーザー光でスピンを初期化し、マイクロ波パルスでスピンを操作し、蛍光強度の変化から外部磁場や温度変化を読み取ります。これにより、これまでは測定が難しかった微小な磁場や温度を、高い精度で検知できるようになります。
これらの用途は現時点では限定的ですが、それぞれにおいて室温での動作が可能であるため、第二世代量子技術の産業化を大きく進める基盤技術として、大きな期待が寄せられています。
研究開発グラントから見る世界の動向
アスタミューゼ株式会社は、イノベーションデータベース(論文、特許、スタートアップ、グラントなどの情報)を分析し、ダイヤモンド量子デバイスに関する技術動向をレポートとしてまとめました。グラント(競争的研究資金)データベースから、2016年以降に開始された関連グラント1,181件を分析した結果が以下の通りです(中国はデータ開示状況の変動が大きいため分析対象から除外)。

グラントの件数では日本が最も多く、全体の約4割を占めています。次いで米国(25%)、英国(14%)が続きます。総件数は2022年までは横ばいでしたが、2023年以降は増加傾向が見られます。一方、総配賦額(資金の合計額)は2023年の件数増加後も横ばいで推移しており、一時的に1件あたりの配賦額が減少したように見えますが、2025年には件数の集計途中段階にもかかわらず同水準の総配賦額を維持していることから、再び1件あたりの配賦額が上昇し始めていることがうかがえます。
グラントのタイトルや概要文に含まれるキーワードの出現頻度を分析する「未来推定」という手法を用いて、特に注目されているキーワードが明らかになりました。

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「navigation」(ナビゲーション):ダイヤモンドNV中心を用いた地磁気センサーに関するキーワードです。GPSが使えない地下や水中などの環境でのナビゲーションを実現する研究が進められており、ダイヤモンド量子センサーが商用化段階に近づいていることを示唆しています。
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「tin-vacancy」(スズ-空孔:SnV中心):窒素-空孔のNV中心と同様に、ダイヤモンド中のスズ原子不純物と空孔が結合して形成される欠陥です。NV中心と比較して外部環境への感受性が低いためセンサー用途には向きませんが、光の発生効率が非常に高いため、量子通信や量子計算の用途でより高い性能が期待されています。
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「addressable」(アドレス可能な):NV中心のアレイから読み出す点を光で選択する「optically addressable(光でアドレス可能な)」に含まれるキーワードです。NV中心を量子ビットとして量子計算に用いるデバイスの読み出し方式として、研究資金の対象となっていると考えられます。
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「nanodiamond」(ナノダイヤモンド):ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの非常に小さなダイヤモンド粒子を指します。これを生体細胞などの測定対象に導入することで、高感度に解析するための材料形態として注目されています。グラントにおける成長率はそれほど高くありませんでしたが、特許においては出現頻度が伸びており、将来的な応用が期待されます。
注目される研究事例
直近(2021年以降)に開始され、配賦額の大きい代表的なグラントをいくつか紹介します。
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ダイヤモンド中のIV族‐空孔中心の電荷制御と量子ネットワークデバイスの創製
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機関/企業:東京科学大学
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グラント名/国:科研費/日本
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採択年:2022年
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資金賦与額:1.93億円(累計)
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概要:量子通信ネットワークに向けたダイヤモンド量子光源材料として、ダイヤモンド中にスズ-空孔および鉛-空孔の発光中心を形成する製造プロセスと光学特性評価技術の開発が行われています。
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FuSe2 Topic 2: Co-designing a Semiconductor-based Quantum Architecture Platform for Scalable Quantum Information Processing
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機関/企業:Massachusetts Institute of Technology (MIT)
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グラント名/国:NSF/米国
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採択年:2024年
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資金賦与額:200万ドル(累計)
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概要:光学的に制御されるダイヤモンド量子素子による光集積回路と、電気的に制御される半導体回路を協調設計によって統合し、大規模な量子演算チップの実現を目指しています。
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QuSeC-TAQS: Nanodiamond Quantum Sensing for Four-Dimensional Live-Cell Imaging
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機関/企業:Purdue University
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グラント名/国:NSF/米国
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採択年:2024年
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資金賦与額:200万ドル(累計)
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概要:ナノダイヤモンド量子センサー粒子を細胞内に導入し、光学顕微鏡技術と組み合わせることで、細胞内の温度、磁場、pH、代謝物濃度などの局所環境パラメータの時間変化を、3次元で空間的に計測する基盤技術の確立を目指しています。
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日本のグラントが特定の対象領域に絞り込んだ研究を進めているのに対し、米国のグラントはより広範な領域に大型の予算を投じて取り組む内容となっています。
未来を拓くダイヤモンド量子デバイス
ダイヤモンド量子デバイスは、量子コンピューティングの高速化、量子暗号通信のセキュリティ強化、そして超高感度な量子センサーによる新たな計測技術の実現に向けた、非常に大きな可能性を秘めています。特に室温での動作を可能にする特性は、第二世代量子技術が社会に普及するための大きな鍵となるでしょう。
このレポートでは、ダイヤモンド量子デバイスに関するグラントの動向の一部を紹介しました。論文、特許、スタートアップ企業の分析を含むさらなる詳細な情報については、アスタミューゼ株式会社のコーポレートサイトで公開されています。
アスタミューゼ株式会社では、このような先端技術の分析を通じて、企業や投資家のR&D戦略、M&A戦略、事業戦略の構築を支援しています。ご興味のある方は、以下のリンクよりお問い合わせください。



