次世代がん治療の希望「抗体薬物複合体」市場、2035年に453.9億米ドルへ急成長予測

がん治療の常識を変える「抗体薬物複合体(ADC)」の進化

抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate、以下ADC)市場が、2025年の142.3億米ドルから2035年には453.9億米ドルへと飛躍的な成長を遂げると予測されています。この期間における年平均成長率(CAGR)は12.30%と見込まれており、次世代のがん治療技術として大きな注目を集めています。

レポートオーシャン株式会社のロゴ

ADCとは何か?がん細胞だけを狙い撃つ「ミサイル薬」

ADCは、特定のがん細胞にだけ結合する「抗体」(がん細胞を狙うミサイルのようなもの)と、がん細胞を殺す作用を持つ「細胞毒性のある有効成分」(爆薬のような薬)を、「リンカー」(つなぎ目)で結合させた新しいタイプのがん治療薬です。この技術の最大の特長は、薬剤をがん細胞に選択的に届けることで、従来の化学療法が抱えていた正常細胞へのダメージを最小限に抑え、治療効果と安全性の両立を目指せる点にあります。

治療の常識を塗り替えるADCの進化

治療段階の拡大:後期から早期治療へ

これまでADCは、他の治療法で効果が見られなかった患者さん向けの治療として注目されることが多くありました。しかし、近年の臨床試験の進展により、一次治療(最初に選択される治療)、手術前後の治療など、より早い段階での活用が広がり始めています。例えば、2025年にはダトポタマブ デルクステカンがホルモン受容体陽性・HER2陰性進行乳がんなどで承認を取得し、トラスツズマブ デルクステカンもHER2低発現・超低発現乳がんへの対象拡大が進みました。これにより、ADCががん治療の中心的な選択肢となる方向性が鮮明になっています。

技術競争の焦点:「何を狙うか」から「どのように届けるか」へ

ADCの技術競争は、単に特定の抗原(がん細胞の目印)を狙うだけでなく、抗体、リンカー、薬剤、薬剤抗体比(一つの抗体に結合している薬剤の数)、腫瘍内部での薬剤の放出性、安全性といった、分子全体の設計能力へと移行しています。HER2やTROP2といった既知の標的だけでなく、CD123などの新しい標的の探索も進んでいます。

特に重要なのがリンカー技術です。リンカーは、薬剤が血液中で過度に遊離するのを防ぎつつ、がん細胞内部では効率的に薬剤を放出させる役割を担います。また、隣接するがん細胞にも作用させる設計や、より強力な薬剤を安定して搭載する技術も、製品の差別化において重要な要素となっています。これにより、将来の競争力は、抗体探索からリンカー化学、薬剤設計、製造技術、バイオマーカー診断、臨床開発までを一貫して行える企業が優位に立つ市場構造へと変化すると考えられます。

適用がん種の広がり

ADCの商業的な機会は乳がんだけに留まりません。2025年には、TROP2を標的とするダトポタマブ デルクステカンがEGFR変異非小細胞肺がんで迅速承認を取得し、肺がん領域での治療選択肢も拡大しました。さらに2026年5月には、CD123を標的とするピベキマブ スニリンが希少な血液悪性腫瘍である芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍で承認され、固形がんだけでなく希少血液がんへの応用可能性も示されています。このように、ADCは複数の標的抗原、複数の薬剤、複数のがん種を横断する創薬基盤として、その価値を高めています。

2035年に向けた市場の展望と課題

ADC市場は、2035年には453.9億米ドル規模に達すると予測されており、一部の難治がん向け特殊治療から、複数のがん種と治療段階を横断する主要な精密治療基盤へと発展していくことが期待されます。

しかし、この急成長の裏側には、複雑な製造工程、安全性管理、適切な患者選択(バイオマーカー診断など)、高額な治療費といった課題も存在します。革新的な候補薬の開発だけでなく、安定した供給網の構築、診断体制の普及、そして安全性管理まで含めた一貫した事業設計が、商業化成功には不可欠となるでしょう。

精密がん治療の未来を拓くADC

2035年に向けて、ADCは「薬を運ぶ仕組み」から、新しい腫瘍抗原、より安定性と選択性を高めたリンカー、異なる作用機序を持つ薬剤、免疫療法や分子標的薬との併用、治療前後の患者選別技術などが一体化した精密がん治療のプラットフォームへと進化すると考えられます。

特に、再発・転移後に使用する治療から、一次治療、術前、術後へと使用時期が前倒しされれば、一患者当たりの治療機会と対象患者層は大きく変わります。製薬企業、バイオ企業、受託開発製造企業、診断企業にとって、2026年から2035年は単なる市場成長期ではなく、将来の標準治療を形成する技術基盤、製造能力、臨床資産を確保する戦略的な競争期間となるでしょう。

ADCの進化は、がんとの闘いにおいて、より多くの患者さんに希望をもたらす可能性を秘めています。今後のさらなる技術革新と臨床応用範囲の拡大に期待が高まります。